第4章 家庭における出家修行の実践 1 宇宙の母は、ラーマクリシュナの近しい弟子たちを、前世においても様々な恍惚状態へと導いた。Mはシュリー・チャイタニヤの弟子の歌い手の一人としても現れており、師がそのヴィジョンを見た25年後、Mはシュリー・ラーマクリシュナに出会い、師はすぐにそのことにお気づきになった。
母なる神はラーマクリシュナにこうおしゃった。「このバクタは家庭にとどまり、そして世俗の火を燃やしてその塵垢を落とした人々に、バーガヴァタを読みきかせるだろう。」 Mが師を訪ねはじめた頃、彼は、家庭を放棄して出家修行を実践することが、平安と幸福に至る唯一の道であると思っていた。機会があればいつでもMは、シュリー・ラーマクリシュナに自分のための出家修行の課題を授けてもらおうとしたが、師はMに、家庭にとどまり霊的生活を送るようにとおっしゃるだけであった。 しかしある日、Mはシュリー・ラーマクリシュナに、世間を放棄したいという思いを率直に伝えたことがあった。これに対して師は、鼻であしらうようにこうおっしゃった。「人が母の仕事をしないならば、それはなされないままになってしまうなどと、思ってはいけない。
母は藁を教師に変えることさえおできになるのだ。ちょうど何か故障があれば、エンジニアがそれを修理するように。
」 これを聞いて、Mは完全に沈黙した。しかし1886年1月5日まで――それは師がお亡くなりになった年であったが――Mはまだ出家修行を夢見ていた。その日、彼は自分の近頃見た夢について語った。「私はナレンドラや他の者たちが出家修行者となり、焚き火の周りにすわり、大麻か何かを吸っている夢を見ました。」 シュリー・シュリーラーマクリシュナはしばらく黙っておられたが、すぐにこうおっしゃった。「心において放棄することが一番大切なのだ。そうすれば人は出家修行者になる。」 すでに述べたが、1882年2月28日、Mはラーマクリシュナに二度目の訪問をした。
最初の訪問のときでさえ、「家庭における出家」の種はMの人生に撒かれていたが、彼はそれに気づいていなかった。この二回目の訪問のとき、Mは師にこう言われたのだった。「金持ちの家で働く女中のように、または水中を動き回る亀のように生きなさい。
つまりお前は家族と共に生活し、おまえにとって非常に親密な人びとであるかのように彼らを扱え。しかし、心の奥底では彼らは自分のものではない、ということをわきまえていなさい。主お一人だけが本当に自分のものなのだ。」 ある日、家庭の問題について話しながら、Mは何げなく‘私の息子’という言葉を口にした。すぐにシュリー・ラーマクリシュナは彼をこうたしなめられた。「祈りの中で‘私の息子’などと口にしてはいけない。彼は神の息子なのだ。彼は単に彼を通じて神に仕える機会をお前に与えてきただけなのだよ。
しかし、誰に教わることもなく、じきにお前はそのことを理解するだろう。」 それ以降、Mは自分の愛するどんなものに対しても‘私の’という言葉を使わなかった。 その後、その話題となった息子は二歳半で死んだ。Mもその妻も悲しみに打ちひしがれたが、Mは、長い間に渡って悲しみに明け暮れ、気狂いのように振る舞った妻に比べれば、その衝撃に耐えることができた。 そしてシュリー・ラーマクリシュナは、Mが間違った道に行かないよう、その愛する弟子の手を握りながら神への道に導いた。Mは家庭生活の誘惑から自分を引き離すために、しばらくの間ではあったが、師とともに暮らしたことがあった。その時期のあるとき、カルカッタにある自宅から一通の手紙がMに届いた。タクルはそれを見るやいなや、まるでコブラを見たかように叫んだ。
「それを投げ捨てなさい! とっとと投げ捨ててしまいなさい!」 Mは言われたようにし、そして本当のサードゥ・サンガ、聖者の集いとはどういうものかを学んだ。 彼が敬愛する師をそばで見て教わったこのような高次な姿勢は、しだいにMの中で完全に成熟していった。家庭の問題をここで取り上げると分かりやすいかもしれない。Mの2番目の息子は、大学を卒業し学位を取得し、ホーリーマザーから直接イニシエーションを授かった。しかし彼はその後、競馬にふけり、しだいにお気に入りの馬に熱を上げるようになった。Mは説得してやめさせようとしたが、若かった彼はそれに反抗した。それからある日のこと、Mは息子に、全く言葉に苦々しさをこめずにこう言った。
「これ、お前は十分に教育を受けたし、自活することができるんだよ。もしお前がうちの家庭のルールに従うことが無理なら、自分で稼ぎ、自分の思うようにすればいいんじゃないかな。」 プライドを傷つけられた息子は、家を出て裕福な母方のおばの家に避難した。彼はそこで数年間暮らしたが、おばが亡くなった際に、家を出るように言われた。住むところも食べるものも着るものもなくなり、彼の人生はひどく困難なものになった。まもなく彼は再び父のことを思い出し、Mが住んでいるアムハースト通りへと向かった。そこはモートン・スクールの一室で、Mはたいていそこで信者と共に過ごしていた。彼は父の近しい弟子が何かの用を足しに出ていくのを見かけた。
チャル・バーブ、それがMの若い息子の名前であったが、彼はその弟子を呼んで、話を聞いてくれるように頼んだ。
弟子は立ち止まったが、はじめ彼が誰であるか分からなかった。誰であるか分かったとき、彼の師の息子に何が起こったのかと驚いた。
とりあえず彼はチャル・バーブがこの2日間なにも食べておらず、30ルピーを欲しがっていることが分かった。弟子はサードゥや信者たちに施すためにMから預かったお金と、おそらく自分自身のお金もいくらか持っていたが、Mの許可なしに分け与えることはできないと感じた。
チャル・バーブは彼の難しい状況を理解し、父に自分の願いを伝えてくれるよう頼んだ。弟子はMのところへ戻り、耳元でこの事態をささやいた。Mはすぐさま決断し、こうささやき返した。「彼にそれを渡してあげなさい。」 しかし、弟子が部屋を出る前にMは彼を呼び戻し、ささやくようにこう言った。「もし彼が30日以内に返すというなら、それを渡してあげなさい。」 その弟子は、Mのその非情さに困惑し、こう思った。「生活の手段を渇望している者なら見知らぬ者にさえ無条件の支援を惜しまないのに、いま、聖なるお方、このアヴァターラの直弟子は、自分の息子の場合には、なぜこんなにも打算的なのか。
ひど過ぎないか!?」 弟子は、規律正しい生活をさせることが、自分の息子への感情的な愛情よりも大切だということを忘れていた。そしてチャル・バーブは31日目に戻ってきて、お金を返した。 偉大なる者は、原則的な問題の際には雷電のように厳しかったが、苦しんでいる魂に接する際には、バラの花びらのように柔らかであった。Mはシュリー・ラーマクリシュナのしもべであった。彼は誰に対しても――それが息子であっても、ただ師の指示に従ったやり方で、家住者の生活を送っていたのだった。
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